食べ盛りといえば、H歯科商店での食事については、ちょっと閉目した思い出があるから、社員旅行で潮干狩りに行ったときの写真。
私がお守りをした子供たちも一緒である。
長男は、後に歯科医師になられた。
H歯科商店に来る前は、私は高円寺の煎餅屋に住み込み修業をしていた。
そこには毎日のように大量の闇米が運び込まれていて、私たち丁稚でも食うには事欠かなかったことは、すでに書いたとおりである。
H歯科商店では事情が違っていた。
米穀通帳を持って配給米をもらいにいくことが私たち丁稚の大切な仕事だったことからもわかるように、ここでは、米は自由に食べられるものではなかったのだ。
しかも、朝から夜遅くまで仕事がつづくので、筋食事はなるべく短い時間で済まさなければならない。
そんな事情だったから、夜のうちに炊いておいたご飯を、朝になって食べることになる。
今のように電気ジャーなどない時代だから、お櫃をよく洗わないままご飯を入れると、翌朝にはそのご飯が腐っているのである。
食べさせられるのがイヤで、夜中に丁稚仲間とともに、そのお櫃のご飯を捨てたりしたものだった。
ずいぶんもったいない話だが、いくら私たちが食べ盛りとはいえ、腐った飯には魅力を感じなかった。
あるいは、昼食のソーメンを朝のうちに茄でておくなどということもあった。
私たちが午前中の外回りの仕事から帰るのは、お昼を過ぎた1時とか2時である。
その頃に食べようと思っても、茄でてから何時間も経ったソーメンが食べられるわけはない。
ご飯をつくりにきていたお手伝いの女性がだらしなかったこともあったのだろうが、そんなこんなで、食べ物にはずいぶん苦労した時代ではあったのだ。
忘れてはならないのは、このH歯科商店での修業時代に、社会人として生きていくために必要なさまざまな礼儀作法を学び取ったことだろう。
と言っても、たとえば、お客さんのところに行くときには、ズボンはきちんと寝押しして筋目をしっかりつけておかなければならないとか、ここでわざわざ書いておく必要もないくらい常識的なことばかりである(若い読者の中には、あるいは「寝押し」を知らないという人もいるかもしれないので、ちょっと説明させていただくと、要するに、布団の下にズボンを敷き、寝るときに自分の体重を利用してプレスするというものである。
今ならアイロンで簡単にできることだが、当然その頃の私たちがアイロンなど持っているはずもなかった)。
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